これを早く紹介したかった・・・!!!!
(はやく食べたかった・・・笑)
念願のマキスーーーーーー♪

前回の記事美食の国ペルーで紹介した
ニッケイ料理で一番愛されているといっても過言ではないマキス(Makis)!
マキスとは、「ペルー風巻き寿司」のことで、日系人の方々によってペルーに渡った日本の巻き寿司が、ペルーという美食の国で発展を遂げた新しいスタイルの巻き寿司です。


今回マキスをテイクアウトしたお店は
トルヒーヨにある「コイ・マキス・バー」さん。

ネットでも注文できるそうですが、出かけたついでにお店に寄って
注文しました!

メニュー表の受け渡しは無く、
メニューはQRコードを読み込んで
携帯画面で見るという、ちゃんとコロナ対策してました。


今回頼んだのは
ドラゴンロール、ユズ、フライ、タタキロール、アセビチャード
の五種!

ドラゴンロール・・・イカフライが中に入ってて、このインパクトのある緑のソースは
クラントロ(パクチー)の風味とレモンの酸味が効いていました♪


ユズ・・・ゆず風味ー?!ではなく、ゆずをイメージして、マラクヤ(パッションフルーツ)をつかったフルーティーで甘みのあるソースがかかったマキス。中にはクリームチーズ、上にはサーモンが乗ってました♪使ってる具材は全部最高なんだけど、サーモンもクリームチーズもまろやかで、ソースも甘くて柔らかい感じだったから、もう一つパンチが欲しかった。(偉そうに・・笑)



フライ・・・シンプルなマキス!中にサーモン、アボカド、クリームチーズが入ってて外側は揚げたパン粉のようなものがまぶされてました。わさび醤油で食べたら完璧。


タタキロール・・・これは頼んだ五種の中で一位!すごく美味しかった!中にはイカ天、アボカド、薄切りのマグロが巻かれていて、
上にはニンニクを効かせたアセビチャードソースとカリカリのタマネギチップが乗っていました♪濃厚で味わいも豊かで、また頼みたい!


アセビチャード・・・これはマキスを代表する味!マキスの王道!これを食べずにマキスを食べたとは言えない!中にはえびフライ、アボカド、クリームチーズが入っていて、上にはマグロが乗って、アセビチャードソースがたっぷりかかってます。いつ、どこのお店で食べても美味しい。



「ん?アセビチャードってなに?」という方に!

説明します♪これはマキスのために生まれたソースの名前で、ペルーの魚のマリネ”セビーチェ”を作るときにできるジュース”レチェ・デ・ティグレ”とマヨネーズを混ぜ合わせたものです。
レチェ・デ・ティグレ

セビーチェの味付けに使われる基本の材料(レモン果汁、紫タマネギ、クラントロ(パクチー)、塩)に魚介のだしが効いた残りの汁がうめぇ!ってなって生まれた副産物の”レチェ・デ・ティグレ”。それをマヨネーズに加えてソースにしたのがこの”アセビチャード”というわけです。





マキスってどうやって生まれたの?



マキスのアイデアは、1973年に日本料理人の松久信幸さんと日系ペルー人のルイス・マツフジさんがリマにオープンした日本食レストランMATSUEI」で生まれます。

その後、ルイス・マツフジさんの家族が開店した「エド・スシ・バー」で、ノリオ・タケダさんとハビエル・マツフジさんの手が加わり現在のマキスが完成、それをお手頃な値段で提供した事によってペルーで大ヒットしました。(「エド・スシ・バー」さんはリマで現在8店舗構えているほどの人気です。)
 
この「エド・スシ・バー」で完成された、日本の巻き寿司をアレンジした「マキス」は、海苔は外側に巻かずに中に巻き、ペルー料理風の様々なサルサ(ソース)をかけて提供されました。そのスタイルがペルー人に受け入れられ、特に大人気となったのが先ほど紹介した”アセビチャード”というわけです。

まとめますと、「MATSUEI」がマキスの生みの親で、最終的に「エド・スシ・バー」がインフルエンサーとなった、ということでしょう!!

こうしてマキスは、ニッケイ料理の代表的存在としてペルーに広まっていきました。現在は「エド・スシ・バー」さんのようなマキスのお店がペルー各地に沢山あります。



現在のペルーのニッケイ料理にいたるまで


現在、マキスのような、ペルー料理に和の要素を取り込んだ「ニッケイ料理」はペルー国内にとどまらず世界からも注目を集めていて、リマのニッケイ料理レストラン「MAIDO」(まいど)は、世界のトップ10のレストランにランクインし続けているほどです。(The World 50's Best Restaurant)


どのように現在のニッケイ料理が出来上がっていったのか、ニッケイ料理の大まかな歴史をまとめてみました。


ニッケイ料理の歴史


ペルーのニッケイ料理の始まりは1899年に沢山の日本人が出稼ぎとしてやってきた頃にさかのぼります。

ペルーに渡った最初の日本人、いわゆる日系1世の人たちは、日本の味を恋しく思い、ペルーでどうにか日本料理を再現していました。ただしあくまで自分たちが日本人であるというアイデンティティをペルーという異国の地で守るためであって、現地ペルー人の口に入るものではありませんでした。

しかしその後、日系1世の子ども、日系2世たちが中心となってペルー人に日本の味が知られていくようになります。家庭内で日本の味を味わいながらペルーで育った日系2世が、親から受け継いだ魚の裁き方や和食特有の調理法をペルー料理に取り入れていきます。これがニッケイ料理の始まりと言えるでしょう。

そんな中、1970年代に二人の若き日本料理人がペルーへと渡りました。その人物は先ほど『マキスってどうやってうまれたの?』でも紹介した、「MATSUEI」の松久信幸さんと、松久さんに声を掛けられ、追うようにペルーに渡った小西紀郎さん。

ここから、"日本料理のプロの技"が現地に存在していた"ニッケイ料理"と交わっていき、現在も進化をし続けるニッケイ・フュージョン料理となっていったのです。




ニッケイ料理を引っ張っていった日本料理人


次に、先ほど紹介した日本料理人のお二人『松久信幸さん(ノブさん)、小西紀郎さん(コニシさん)』に注目してみました。
すると面白いのが、ペルー料理のセビーチェに変革を起こし、世界に広まるキッカケを作ったのはこのお二人だったんです!


「MATSUEI」のカウンターに立つ松久信幸さん
(画像:絶望の淵から世界47店舗を運営するレストラン・オーナーに:ロサンゼルスで花開いたシェフ・松久信幸氏の人生哲学より引用)


松久信幸さん(ノブさん)はペルーに「MATSUEI」をオープンしたのですが、すぐにお店から離れ、その後アルゼンチンやアメリカを点々とした後、ロサンゼルスで自分のお店「MATSUHISA」をオープンします。このロスのお店をオープンするまで沢山の苦労があったようです。最終的にこのロスのお店が成功し、しかもそのあと俳優のロバート・デ・ニーロさんをビジネスパートナーに持ち大逆転の人生を送りました。

ノブさんはロスのお店で、魚の鮮度にこだわったオリジナルのメニューの中に、ペルーに居た頃にノブさんが感動したペルー料理「セビーチェ」をアレンジして出したところ、まだ全然セビーチェが知られていなかったアメリカで大ヒット。ノブさんはペルー政府に「世界にペルー料理を広めた」としてその功績をたたえられ、ペルーの観光親善名誉大使に任命されています。

ノブさんとコニシさんが食べたであろうペルーの昔ながらのセビーチェは、レモンと塩のきいた汁に生魚が酸化して白くなるまで漬けるという調理法でした。それを二人は、鮮度のいい魚を使って魚本来の美味しさも楽しめたらもっとセビーチェはうまくなる!」とそれぞれが自分のお店でアレンジしたのです。




ペルーで大活躍したシェフ小西紀郎さん
(画像:https://pro.gnavi.co.jp/magazine/t_res/cat_7/a_3185/より引用)



小西紀郎
さん(コニシさん)は、ペルー人の和食料理人を育てよう!」と奮起し、ノブさんが去った後もペルーの「MATSUEI」を守り続け、ペルーのニッケイ料理を引っ張ってきた重要な人物です。彼はペルビアン・フュージョンという、日本とペルーの味の両方の良さを引き出すスタイルを提唱し人々の舌を驚かせただけでなく、彼は日本料理の技や食品の扱い方をペルーの料理人たちに伝授したことで、ペルー料理の品質向上にも大きく貢献しました。


彼は、魚の鮮度や裁き方を知っている日系人シェフたちと共にセビーチェの調理法を変革していきました。ノブさんと同じように、より魚の鮮度と魚本来の美味しさにこだわった作り方で、その調理法はいまやペルーの多くのセビチェリア(セビーチェ専門店)で取り入れられています。


それだけでなく彼はペルーの食材の豊かさに感動し、自ら長期間かけてペルー各地の様々な食材を知るため視察にまわったそうです。現地で日本の食材の栽培まで試みて23種の栽培に成功したらしく、日本人らしい「こだわり」というものを強く感じます。




現在のニッケイ料理


「MAIDO」シェフ、ミツハル・ツムラさん
(画像:https://www.keikoharada.com/blog/2018/06/cantral-maido-gaston.htmlより引用)


こうして、ペルーでアイデンティティを守ってきた日系人たちと、日本のプロの料理人たちのアイデアが交わっていったことで今のニッケイ料理へと発展していったことは間違いありません。現在ペルーのニッケイ料理を引っ張っている存在は、世界トップ10のレストランにランクインした「MAIDO」のシェフ、ミツハル・ツムラさんです。彼は日系3世で、ペルーとアメリカで料理を勉強した後に来日し、大阪で修行を積んだそうです。彼の躍進はペルー国内にとどまらず世界レベルで、マカオには彼が監修を務めたニッケイ料理レストランがオープンしています。

ペルー国内のニッケイ料理は、高級志向な店もあれば、比較的カジュアルな値段で楽しめるお店もあります。
先ほど紹介した「MAIDO」はまさに高級店で、コースメニューなどがあり予約制。世界トップ10に入るだけあって予約もとりづらいんだとか。もちろん「MATSUEI」も高級店として有名です。

一方でカジュアルなお店といえば、「エド・スシ・バー」さんや、私たちがマキスを注文したお店「コイ・マキス・バー」のようなお店がそうでしょう。
また、これ以外にも日本のラーメンや、どんぶりなど、日本の大衆料理のレストランもニッケイ要素の人気に乗じて生まれています。日本への出稼ぎを経験した日系人やペルー人が、ラーメン、かつ丼、カレー、餃子のような大衆向けの日本料理をペルーに持って帰ったんですね。
もうここまでくると、これはニッケイ料理と言うよりもはや日本食のお店という感じなのですが、どんぶりや焼き飯、ラーメンや餃子などを提供しているお店「NARUTO」などが有名です。
※NARUTOさんには留学時代、日本食が食べたくなったらよくお世話になりました。笑



「NARUTO」の店内




まとめ

簡単にマキスの美味しさと、ニッケイ料理の魅力をお伝えするつもりでしたが、調べていくと本当に奥深く、スケールの大きな話で記事が長くなってしまいました。ペルーに縁もゆかりも無い日本人たちが苦労してきた歴史があり、日本というルーツを守りながらペルー人として生きてきた日系人たち・ペルーの文化を大切にしながら日本料理を伝えていった日本料理人の存在がある。日本人として彼らのことをとても誇りに思います。

ニッケイ料理の店が日本に進出したら、どんなに素敵なことだろう!
今のところ、検索してもそのようなお店は見つからず。それが実現したら、ペルーの日系人たちにとって大ニュースです。でもそんな遠くない未来に実現しそうな予感がします♪


           











0 comments:

コメントを投稿

ブログランキング

↓気に入ったらポチっと↓
にほんブログ村 海外生活ブログ ペルー情報へ
にほんブログ村                          
ペルー(海外生活・情報)ランキング

↓ご連絡はこちら↓

名前

メール *

メッセージ *

マリネラ解説YouTube

マリネラ解説YouTube
動画で学ぶマリネラ

アーカイブ

人気の記事