「マリネラ」としての最初の曲は一体何なのでしょうか?
「マリネラ」として発表された最初の楽曲は、以前こちらの記事 で紹介した1879年3月8日にペルーの新聞エル・ナシオナル紙に掲載された記事「もはやチレーナではない」という、マリネラという名前を名付けた記事の最後に掲載された
モチェの紋章。街の風景が描かれています。 |
新型コロナウイルスの影響でペルー全土がロックダウンとなり、コンクールどころか外出もできなくなってしまった私達。
最初は2週間だけのロックダウンのはずが、延長に次ぐ延長…。
先が見えない日々で毎日悶々と何となく身が入らない練習をしていました。
そんなロックダウン中にFacebookで面白いイベントが企画されていることを知りました。
世界初のマリネラオンラインコンクール
なんじゃそりゃ?どうやってコンクールするの?
その後世界大会があり、世界大会で少し自信がついた私達。今度は前回よりも大きなコンクールが近くで開催されると聞き、参加しました。
この大会ではノベル(Novel)とナショナル(Nacional)の、2つのコンクールが同時開催されるということで、せっかくなので両方に参加しました!
※マリネラのコンクールには、ノベルとナショナルというカテゴリがあり、ノベルというのは初心者のためのカテゴリーで、ナショナルというのは全国レベルという意味です。コンクールにもよりますが、基本的にコンクールで優勝したことない人のみ、ノベルに出場することができ、ナショナルは誰でも参加できます。私たちは日本ではコンクールの優勝経験がありますが、ペルー国内では優勝したことが無かったため、どちらも出場できました。
世界大会前の2019年の12月。とあるコンクールが私たちが住むトルヒーヨ市内で開催されるという事で参加したことがありました。
セレクティーボ(世界大会予選コンクール)以外の大会はペルーでは初めてのことで、しかもセレクティーボでは一度も予選を突破していなかったことから、少し焦っていた私達。せめて予選は突破したいと思いながら、お知らせに載っていたコンクール開始時間の少し前に会場へ到着。すると、
あれ?・・・人少なくない?
マリネラという名前はマリネラの歴史で説明しているように、チリとの戦争の影響で呼ばれるようになったのですが、実は「マリネラ」という名前が生まれてから今のように定着するまでには以下のような物語があります。
今回は”モンセフー”を代表する女性の衣装を紹介します!
モンセフーは、私たちのいるラ・リベルタ県の北に隣接するランバイェケ県チクラヨ市にある小さな街です。この街では昔から花の栽培が盛んだそうで、このことから”永遠の花の街”とも呼ばれています。